aikoの歌手デビュー20周年は「湿った夏の始まり」

aikoがニューアルバム「湿った夏の始まり」を発売した。
発売されたものの、僕はまだこのアルバムを買っていない。でも大丈夫、僕くらいのaikoジャンキーになるとアルバムのタイトル名だけでしばらく楽しめる。




「湿った夏の始まり」というタイトルはなかなかおもしろい。
過去のaikoは誰にでもわかりやすいアルバムタイトルをつけることが多かった。具体的にはデビュー初期の「桜の木の下」「夏服」、中期には「夢の中のまっすぐな道」「彼女」「秘密」などがある。

今回のアルバムタイトルの一部になっている、"湿った夏"は人によって抱くイメージの違いが大きい。
"湿った夏"、例えば恋人と夏の始まりにわかれてしまって一人ぼっちだったなど、を過ごしたことがある人であれば「あの夏に近いものだ」と具体的に思い出せる。しかし、"湿った夏"を過ごしたことがない人には距離がある言葉だ。ただ湿気が多いだけの夏のイメージということもありえる。"湿った夏"というワードの重みは、各々の人生経験、恋愛経験で異なる。





aikoは言葉選びがとても上手いので意識的に"湿った夏"と使ったのではないかと思う。aikoの言葉選びは特定の「あなた」に向けたものと、多くの「みんな」に向けたものにわけることができる。「あなた」に向けたものとして、例えば

『ぶったりしてごめんね 愛しくて仕方がなかった』(えりあし)

などがある。なぜ愛しくてぶつのか、僕には全く意味がわからない。しかし、誰かの「あなた」の心にはピタリとはまる。


多くの「みんな」に向けたものでは、例えば

『灼けた指輪の跡が印す 想い出の色に
あなたを思うだけの強さを私はもらった』(向かいあわせ)

などがある。指輪が灼けたことがなくても、想い出がなくても、なんとなく素敵な歌詞だと心にしっくりくる。

aikoはこのように、特定の「あなた」の心にピタリとはまる言葉選びと、大体の「みんな」がいいなと思う言葉選びの両方ができる(余談として、この両方をバランスよく配球できる点がaikoの素晴らしいところだ)。aikoの過去のアルバムタイトルは後者の「みんな」に寄せたパターンが多かった。しかし、今回はかなり前者に寄せてきた。つまり、「みんな」よりも「あなた」の方にぐっと寄ってきた。

紹介したようにデビュー初期、中期のaikoのアルバムのタイトルは「みんな」よりだった。しかし、直近のアルバムは「あなた」よりになる。2014年「泡のような愛だった」、2016年「May Dream」のいずれも、「桜の木の下」「夏服」「秘密」「彼女」等々とは、違う。「あなた」へと届けようとしている意識がある。それを今回はさらに強めている。





言うまでもなく、aikoは歌のプロである。CDは売れなければ話にならないし、新しいファンだって獲得していかなければならない。その中で、20周年のこの年に「あなた」へと歌を届けたいという思いがaikoは強いのではないだろうか。それは、これまでの「あなた」だ。20年間の活動を応援してきてくれた、これまでのaikoファンの「あなた」への感謝が、「湿った夏の始まり」というアルバムタイトルには込められている気がする。

まだアルバムを買ってもいないわけだが、このようにしてaikoの新しいアルバムを楽しんでいる。


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※「湿った夏の始まり」以前に夏を扱ったアルバムとして2001年発売の「夏服」がある。「夏服」の中には「夏服」というアルバムタイトルそのままのボーナストラックが含まれている。この曲は"湿った夏の始まり"感がある。aikoは過去の歌詞やタイトルを新しい作品に重ねることがあるので、ファンに向けたファンだけにわかる特別なメッセージの意味合いも含まれているかもしれない。

※もしかしたら「May Dream」以降、aikoはもう一度季節を一周するのかもしれない。
「桜の木の下」→「May Dream」
「夏服」→「湿った夏の始まり」
次のアルバムは何かしら秋を想起させるものの可能性がある。


文責 菅谷圭祐

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